何事もキーポン

学生時代からの友人(元パンクス)が、自身が勤める老人介護施設で老人ロック合唱団を結成しようと奔走している。
(傑作ドキュメンタリー『ヤング@ハート』に大いに刺激されてだ)

 

 

まずはこんな歌を歌ってみませんか?
と云う感じで、お爺さんお婆さん方の前で歌ってみせたところ、これが大受け。
中でもとりわけ、ザ・ブルーハーツの歌が好評だそうで「これ、あなたが作った歌なの?」「素敵な歌詞ね」「新鮮だな」「息子がよく聴いてたな」「メロディーがいいわね」と絶賛の嵐。
それならもう、いっその事ブルーハーツの曲だけに絞って、まずは始めてみようと云うことになったのだそうだ。

 

 

わかりやすい言葉、すぐに口ずさめるメロディー、そしてそこにある真っ直ぐなメッセージ性は、うちの息子が惹きつけられたように老人たちの気持ちもすぐに掴んだようだ。
我々が思っている以上に、老人たちの感性は柔軟で、好奇心も旺盛なのかも知れない。

 

 

ザ・ブルーハーツの中心メンバーだった、甲本ヒロトと真島昌利は今 “ザ・クロマニヨンズ” で活動している。
このクロマニヨンズ、何となくは耳を傾けてはいたのだが、あまり私の中に入ってきてはいなかった。

 

 

まあ、いいよね……
アルバムも、全部は聴くことはないか……

 

 

そのぐらいのスタンスで対峙していた。

 

 

それが突然この頃グイグイ入って来るようになったのだから、人生というのはわからないものである。
息子とのドライブでのBGMにと、クロマニヨンズの “Oi! Um bobo” を気まぐれに流したところ、息子と二人でガツンと打ちのめされたのだ。
いきなりに。
突然に。
雷が落ちたように。

 

 

それから、クルマを走らせるときのバックグラウンドミュージックは欠かさず “ザ・クロマニヨンズ” をナイスチョイスしている。
前述の元パンクスの友人にお願いして、持っていないアルバム、レコードで所有しているアルバム(“ザ・クロマニヨンズ” のアナログ盤にはダウンロードコードは付いてないのだ)のCDを貸してもらった。

 

 

どれもいい。
なんかいい。
たまらなくいい感じだ。
何これ?
なんでなの?

 

 

 

三十数年前、中学生の頃から夢中で聴きまくっていたザ・ブルーハーツ。
それから、ザ・ハイロウズ → ザ・クロマニヨンズとバンドを変えつつも、ずっとずっと歌声を届けてくれる甲本ヒロト先輩と真島昌利先輩。
しかも、自分の息子まで好きになりかけている。

 

 

これってすごいことだなと今あらためて思いっきり感じ入っている。
映画『ボヘミアン・ラプソディ』を観た後に、クイーンをずっと好きで良かったと思ったのと、同じようにずっと好きで良かった。
これもまた意味は多少違えど “継続は力なり” ってことなのだと思う。

 

 

何事もキーポン。
これが大事。
これが大切。
ここに価値が生まれる。

 

 

股旅。

なりたいようになれるものだ

老眼鏡がまた逝ってしまった。
でも、また同じものを使うことにした。
若かりし頃の自分だったら、どうせならと違うものにアタックしていただろうけども、四十路半ばを過ぎた今は冒険をしなくなった。

 

 

気に入ったものを使い続ける。
たとえそれが壊れたととしても、同じものを手に入れる。
そんな風に出来たら良いなと思いつつ、これがなかなか出来ずにいた。

 

 

その対象となるものが老眼鏡がとなるとは予想していたなかったが、老眼鏡ってのが良い塩梅だなと我ながら思う。
いや待てよ。
すでにワークキャップも同じものを使い続けていたことに今書きながら気がついた。
おっと、そういえば仕事用のシューズも adidas の campus をここ数年潰れたら履き替えを繰り返して使用しているな。

 

 

もし、なりたい自分に少しずつなれているのなら、それは幸福なことだなと思う。

 

 

画像左は、デストロイされた老眼鏡を着用したもの。
心なし、口角も下がり気味でテンション低めな表情だ。
画像右は、新しい老眼鏡を着用している。
こちらは、そこはかとなく嬉しそうな雰囲気である。

 

 

人の心というものは、誠に正直なものだなと嘆息するばかりのエブリデイだ。

素晴らしくてナイスチョイスな瞬間

二週間ほど前、息子と庭で遊んでいるときにオオカマキリを見つけた。

 

 

飼いたいと息子は言うのだが、さすがにもう十一月の半ば。
餌となるムシを捕まえるのも難しいし、このまま逃がしてあげようよとどれだけ諭しても息子は首を縦に振らない。

 

 

仕方なく虫かごに入れ、息子が幼稚園に行ってからどうにか小さいムシを捕えてオオカマキリに献上したりして私が世話をした。
しかし、それにも限界を感じたし、息子もどうやら忘れているっぽいので、庭に逃がすことにした。

 

 

 

弱っていることもあったのか、その後もオオカマキリは庭を覗けばいた。
普段口にしないであろうアリなどを捕食しているようだ。
これも生きるためだ。仕方ない。
私はオオカマキリのガッツに感嘆した。

 

 

 

どうにかこうにか食いつないでいたオオカマキリだったが、昨日とうとう自分の足を食べていた。
見かねた私はカナヘビをササッと捕まえ、オオカマキリに差し出すとムシャムシャと食べ始めた。
これでどうにかもう一日は生きながらえるだろうとホッとしたのだが、今考えてみればカナヘビには悪いことをした。
ごめんなさい。

 

 

 

そして今日。
オオカマキリの姿はどこにもなかった。
餌を探して旅に出たのだろうか。
それとも天敵の餌食になってしまったのだろうか。
その行方を知る術はない。
後で、息子が幼稚園から帰ったら、ことの顛末を聞かせよう。
キミの庭でこんなドラマがあったんだぜ!
と多少話を持って伝えよう。
息子はどんな表情をするだろうか。
楽しみだ。

 

 

 

そんな息子は近頃、ザ・ブルーハーツに御執心。
歌はもちろんなのだが、ことさら甲本ヒロト先輩のパフォーマンスに痺れているようだ。
(数ある曲の中でも特に『青空』がお気に入りのようである。いいぞ、息子。ナイスチョイスだ。)

 

 

その激しい動きと、それはちょっとやり過ぎじゃ……と思わせる甲本ヒロトの表情を息子が真似る。
三十数年、甲本ヒロト先輩のファンである私はそれはもうとっても嬉しいことなのだが、いやちょっと待て、これってどうなのよ?
と少々心配でもある。

 

 

いや、大丈夫。
実は、そんなに心配していない。

 

 

これは息子の中での「カッコイイの基準」が着々と出来上がってきているという証拠なのだ。
これは大いに喜ばしいこと。
どんどん自分の中の「カッコイイ」を作っていってくれ。
それは誰にも邪魔されないよ。
お父さんとお母さんは、ちょとだけ方向付けはするかもだけど。

『ボヘミアン・ラプソディ』を観た。

映画『ボヘミアン・ラプソディ』を観てきた。
もちろんフレディのコスプレ、白のタンクトップにウォッシュのかかったスリムジーンズにアディダスのスニーカーでだ。

 

 

ここまで「観た方がいい!」と多くの方々に薦められた映画もない。
いろいろ様々なお客さんたちが絶賛をしていた。
クイーン好きじゃなくても絶対面白い。
クイーンすきなら尚更観て欲しい!
と耳元でエーオ!と幾人もの方々に絶叫されるのだから、それはもう重い腰を上げなくてはなと早朝にエエエオ!と劇場へと向かったのだ。

 

 

観終わっての感想は一言「良かった!」である。
いろいろと口を挟みたい気持ちはわからんでもないが、作品から伝わる熱狂と情熱の前には野暮天ってものだ。
何しろ曲がいい。
楽曲たちに色がある。
役者さんたちのなりきり具合にもシビれた。

 

 

ここまで書いておいてなんだが、実は私はかなりのクイーン好き。
幼少時より、普通に我が家で流れていたから、もう体の奥底に染み込んでいる。
子ども心に、変てこで気持ち悪くて面白い音楽……でも好き!
って感じだったと記憶している。
なんだか謎の魅力があったのだ。
フレディにも、気持ち悪さを突き抜けた先の格好良さを感じた。

 

 

クイーンが体内に染み込んでいることを実感したエピソードを一つ。
私が、ロケットバーバーで修行を始めた頃。
師匠と友人の中村太輔と私とで、店内の大々的な模様替えをしたときに、クイーンのグレイテスト・ヒッツをBGMに流したのだ。
そしたら、三人が三人ともアルバムに収録された楽曲でのフレディのパフォーマンスにいちいちピタリと合わせることができたのだ。
あれには笑った。
相当聴き込んでないと、ああはいかない。
あの瞬間、ある意味「絆」が生まれた気すらしたんだった。
そう、クイーンの楽曲たちにはそれだけのパワーがあるのだ。

 

 

そんなわけだから、今回の映画『ボヘミアン・ラプソディ』に私がグッとこないわけがないのだ。
だけども、正直観るのが怖かった。
夏に『ジュラシック・ワールド』を観に行ったときに『ボヘミアン・ラプソディ』の予告編を観て「これは観に行かねば!」と鼻息荒くしていたのだが、勝手にせいぜい単館上映ぐらいだろうと思い込んでいたもんだから、今回の大々的なロードショーには面食らった。

 

 

大ヒットという知らせ、多くのお客さんたちからの称賛の嵐。
お得意のアマノジャクっぷりに拍車がかかり、これはもう観るのをヤメようとすら思っていた。
でも観た。
観て良かった。
クイーンを好きで良かった。
音楽が好きで良かった。
生まれて良かった。
生きてて良かった。

 

 

そんな気分になれて幸福だ。
どうもありがとう。

そのまま突き進め

五歳八ヶ月になる息子が初めて自転車に乗った。

 

 

二、三歳の頃からバランスバイクを華麗に乗りこなしていたので、それを見たお客さんに「補助輪なしでも、すぐに乗れるようになりますよ〜」とは言われてはいたのだが、本当にほんの一瞬でスイスイ乗れちゃったもんだから驚愕した。

 

 

でも、なんかこう自分の時はもっと苦労&苦悩した記憶だったので、ちょっとだけ悔しい。

 

 

自転車を買おうと言っても乗り気じゃなかった息子が、自転車屋さんに行って御目当ての自転車に乗った途端にテンション上がりまくりだったのは可愛かった。
きっと怖いだろうに、それなりのスピードを出した勇気にもグッときた。
乗りながら、ザ・クロマニヨンズの『流行のクルマ』を口ずさんでいたのもナイスな選曲だ。
それでいい。
何もかもそのままその調子でいい。

 

 

今日も屈指の名場面を目の当たりにさせてくれて、どうもありがとう。
乗れた瞬間を写真に撮らなかったけど、シッカリと脳裏に焼き付けられたから、これでいいのだ。