Doodlin’ Drab

「お父さんが好きな色はオリーブドラブだよね」

息子が唐突にそう言ったのでした。

オリーブドラブ、それは色の名前である。
第二次世界大戦からベトナム戦争時期まで、アメリカ軍の戦闘服および車両の標準塗装色として使用されていたので、皆さんも戦争映画などで観たことがあるでしょう。

うむ。
確かに嫌いな色ではないが、好きな色は?と訊かれて直様「オリーブドラブ!」と即答する人は激レアだろう。
私も、いの一番に出てくる色ではない。
何をどうして息子はそう思い至ったのであろうか。
謎だな。

で、このオリーブドラブ。

私はつい最近まで「オリーブ・ド・ラブ(Olive De Love)」って印象でこの色名を捉えていたことを白状しよう。

愛のオリーブ……的な?
そんな色名だから、なんだかロマンチックだな〜
だなんて夢想していたポンコツボケナスな私です。

だから実は「オリーブ ドラブ(Olive Drab)」 なのだと知ったときは驚愕した。
と同時に恥ずかしさで胸がいっぱいになった。

頭の中で「オリーブ・ド・ラブ(Olive De Love)」だったものが「オリーブ ドラブ(Olive Drab)」 に変換されて行くのが気持ち良い。
なんなのだろうか、この感情は。

で、この「ドラブ(Drab)」だ。
ドラブとは、あまりかぐわしくないって意味合いらしい。
面白くなく、無関心、陰気、不快、輝きや明るさや色彩に掛けていることを表す言葉で、これが色の形容となると「ドラブなオリーブ」ってことで、鈍いモノトーンの茶褐色になるのだそうだ。

なんだかちょっとグッと来てしまったのは何故だろう何故かしら。

ドゥードゥリン・ドラブ (Doodlin’ Drab)

なんかいい。
響きもいい。

このドラブ。
いつか何かを作るときのヒントにしようと思います。

では股旅。

わざわざ遠回り

おはようございます。

行きつけの模型屋さんで『プラモデルがうまくなる本 少年の頃、夢中になった大人たちへ』と云う、まさに今の私にドンピシャで魅力的な本を見つけたのですが、手に取るのをやめたのです。

四十年ぶりにプラモデル作りを再開して一年が経ちました。
まぁそれなりに自己満足できるものも作れるようにはなりましたが、まだまだその道(プラモ道)は果てしないロング アンド ワインディングロード。

だのに、私はこういったマニュアル本を見ないようにしているのです。
さすれば、「なるほど!こうすれば良かったのか!」と参考になる情報が満載であるはずなのに、私は手に取らない。

それは何故かと考え、それが何故かがわかりました。

私は、自分でそこに辿り着きたいようなのです。
あれこれ失敗し、あれこれ試行錯誤し、そして自分なりのやり方を見つけたいようなのです。
マニュアル本を見れば、そこをショートカット出来る。
でも、それがなんだかつまらないのです。

若い頃だったら、直様飛びついていました。
ゲームでも、すぐに攻略本を見てさっさと先に進めることを選んでいました。
その足踏みしてる時間にイライラし無駄に感じていたのでしょうね。
そんなだったのに五十路になった今は何故だかそれをしたくないのです。

上手い人の作品も見たくない。
己の技術とセンスの無さを痛感し落ち込みたくないってのもあるが、それより大きいのが「影響を受けたくない」って思いです。

一緒にプラモデル作りを楽しんでいる十歳息子は、YouTubeやら何やらから情報をたっぷり吸収し、すぐに真似をし、そして失敗し、そこから創意工夫をして、どんどん上達しています。

その素直さ貪欲さを見て、羨ましく思う自分もいるのだが、それはしない。
それはしたくないのです。
多少、いやかなり遠回りになろうとも、自分で考えてそこに行きつきたいのです。
こんな気持ちわかるでしょう?

この信念は、何となく自分の仕事や店作りにも繋がっているような気がしています。
ずっとプラモデル製作から離れてはいましたが、髪を切ることとプラモデルを作ることは似ているなって常々思っていましたしね。

プラモデルは、組み立て説明書通りに作れば、一応形になります。
髪もそう。
セオリー通りに切れば、一応形になる。

プラモデルは、そこから塗装したり改造したりディテールアップして、自分だけの作品を作り上げていく。
髪を切ることも、それが必要。
自分だけの創意工夫が、自分だけが作れるヘアスタイルになって行くのだと私は信じています。

たかがプラモデル。
されどプラモデル。

そういうものの中に愛が多分きっとあるのだと思っています。
なんつって。

好きか嫌いかで物事を語ってみる

『例えばラーメン屋なんかを「あの店は美味しい!」って評したりするから

「え?マジで?どこが?パードン?」

なんつって、否定してくるドヤ顔モンスターが湧いて出てくるわけで、

そこは「オレは好きだな〜」と言ってしまえば、「あ、そうなんだ。へ〜」で済むのだよ……』

と先輩が言っているのを聞いて「いやはや、ホントそうかもな……」なんつって、しみじみ納得したんだった。

これって、他のいろいろ様々な事案にも当てはめられる。

あの映画は面白い!あの漫画は面白い!

などと言ってしまうと「いやいや!え〜マジか〜!」などと言ってくる自称センス爆発野郎たちが立ち塞がるわけで、ここもやはり「あの映画が好き!あの漫画が好き!」と言えば良いのである。

誰もが「好きか嫌いか」基準で物事を捉え、そしてその気持ちを尊重し合えれば平和な世の中になるんじゃないかと。

自らの半径数メートル範囲内はもちろん、世界規模でもそのハッピーな輪は広がって行くんじゃないかとイマジンしてみる。

そんなわけで今年も猛烈な暑さに見舞われている。
地球が人類滅亡を企てているんじゃないかと邪推したくなるほどの強烈な暑さだ。

こんなときはコレだね!

と レゲエ や ダブ や オーセンティック スカを聴いているのだが、むしろ私の体温は急上昇。
こりゃいかんと久しぶりにアレステッド・ディベロップメントの「3 Years, 5 Months & 2 Days In The Life Of…」を聴いてみたら、こりゃまた最高な塩梅。
さすがのマスターピース。
リリースされて31年も経つんですね。
そうですか。
そりゃ私も歳をとるわけだ。

ナイスミドル理容師の密かな愉しみ

さて久しぶりに日記でも書きましょうかと当店HPを開いて驚きました。
なんとほぼ一ヶ月ぶりの更新。
ネット上に日記を認めるようになって二十余年。
こんなにも間を空けてしまったのは初めてかもしんまい。

日々思うこと、感じることは多々あるのですが、それを書いておこうと云う感覚が随分と薄くなってしまったようです。
こんなんじゃダメですね。
もっともっと向き合おう。
自身にもPCにも日常にもルルルラララ。

さて。
相変わらずチマチマとプラモデル製作に勤しんでいるエブリデイなわけですが、作っている最中にこの画像みたいな “顔” のように見えるものを発見すると気分が上がるのです。
なんだか嬉しくなっちゃうんですよね。

この『3つの点が集まった図形を見ると、人の顔に見える』という脳の働きを “シミュラクラ現象”って言うそうです。

こんなことを書いてたら、日常生活の中で顔に見える三点を見つけたら写真に撮っていこうかしらん!
と一瞬心が躍ったのですが、やっぱりヤメておこう。

こういうことってなんとなくな気分で意識してないときに見つかるから面白いわけで、それを「探す」ってなると、それは “縛り” であり “括り” になってしまうのですよ。
そうなった途端にザザーンと色褪せてしまうことってあるじゃないですか。
あるんですよ。
凄くあるんです、僕的には。

最近、やたらに Radiohead の “OK Computer” を聴いちゃっているんです。
全然なんでなんだかわからないんですけど、そう云うことってあるじゃないですか。
ホントなんなんでしょうね。

自分自身をコントロール出来ているつもりではいるんですが、時折「あ、出来てないかもな」って瞬間があって、そういう時って例外なく気持ちEんですよね。
ホントなんなんでしょうね。

さてと。
これからもっと書くようにしよう!

それでは股旅。

しまっていこうぜ!

愛用している工具箱が入っていた段ボールがカッコよくて、これも簡易工具入れとして使っているのですが、今朝ふと見るとこんな文言が記されていたのです。

“確かな製品をお選びください 結局お得です”

これはホントその通りなんだよな〜と私は膝を叩きまくりました。

安物買いのナントカって言いますが、まさにそれ。
だから頑張って働いて良いものを買わなくちゃなんだよな〜と己に言い聞かせるエブリデイなわけです。

で、この工具箱。
なんだか、持っていること、使っていることにふぁふぁーんと気持ちが上げられるのです。
この気持ちが上がるかどうかってのもホント大切。

テンションが上がらないものが、ある日突然ビビッと来ることがあるのは僕的にはレコードぐらい。
本や映画などで、若い頃はピンと来なかったけど、オッサンになった今ならビンビンわかっちゃうぜってこともたまにあるけど、ほとんどがそのまんま。
もしくは順調に下がり続けるのです。

話が迷走し始めてしまいましたが、つまり何が言いたいかっつーと、良いものを手に入れられるように頑張り、そしてそれを長く大切に使い続けるってのはステキだよねってこと。
で、何が大切か、何が大事かを自分で決められるようになりたいぜってこと。